先月浅田政志写真展で訪ねた赤々舎で、彼を含めた写真作家12人によるスライドショーのイベントを観る。
告知には「定員100名」と書いてあり、「あそこにそんなに入るのか?」と思ったが、会場の半分にゴザが敷かれ、そこにべたっと座り込んで見るスタイル。入り口にもモニタが置かれていて、結局150人も入ったのだそうだ。
進め方は、2名ずつが作品を紹介したあとお互いの作品について語り合うという形式。トークはほとんどぶっつけ本場だったようで、作家の素の表情がみえて興味深かった。若い作家が多く、自分のスタイルを現在進行形で探している様子が強く感じられた。
写真展にはなんども足を運んだことがあるけれど、作家がスライドを上演するスタイルを見るのは初めて。写真展を見るのはある意味読書に近い個人的な営みだが、多くの観客と作家が一緒になってひとつひとつの写真を見ていく行為は、演劇に近い、でもそういう分類ではくくれない面白さがあった。
トークの司会に立った赤々舎の姫野さん。会社を興したのだからきっと相当な女傑だろう、そう勝手に想像していたら、話し方がとても穏やかなでびっくり。うちの嫁さん曰く「あんな人がおかあさんだったら素敵だ」。もっとも、編集の現場ではきっと厳しいんだろうけれど。
このイベントの告知をネットでみたとき、きっと写真学校の学生や同業者が集まって、写真やアートとは縁遠い仕事の自分が行っても場違いかもしれないと思った。予約メールにそんな意味のことを短く書いて送ったら、姫野さんから、受理の連絡とともに、短く、でもとても心の入ったメッセージを頂いた。そこには、写真を世に出す仕事に対する、ひときわ高い志が感じられた。年齢は私とほとんど変わらない。私はまったく違う仕事をしているけれど、自分も仕事に対してそうありたい、そんなことを感じた。
全部で4時間近く、お尻は多少痛かったが、それに見合ったイベントでした。
どんな服を着て行こうか。昔テレビでみた、誰だったかスターのときは、通りを埋めた群集は黒一色だった。かしこまって、でも喪服はちょっと違う気がして、会社用のスーツに黒いネクタイをすることにした。嫁さんはグレーのリボンの柄のTシャツを選んだ。さてどうか。12時過ぎ、青山一丁目から要所要所のプラカードを頼りに、青山墓地の中に伸びた列の最後尾につく。なんのことはない、みんな思い思いの格好だった。もし、この人並みを写真に切り取って何も知らない人に見せたら、どこか海に近い地方の駅で列車を待つ、そんな風景と錯覚するのではないか。私より上の世代、彼と同年代の顔が並ぶ。彼ら彼女らは、その人生経験の長さから、当然こういうときに「何が世間一般的なのか」を知っているし、若い世代と違って、その備えもあるだろう。でもそこには、喪服もTシャツも、ひとりひとりの姿としてそこにで並んでいる。そのことに思い至り、なんだか嬉しくなった。
会場を後にして、まだ列に並んでいる妹夫婦に会う。人の列は青山墓地の真ん中を東から西へ横断し、大きくはみ出したあと逆方向に戻り、東の縁を南へ下り、さらに道路を渡って北上し、小さな公園でとぐろを巻き、そこからさらに乃木坂の駅まで続いていた。